伊豆めぐり・箱根めぐり

伊豆の国市の観光スポット

韮山 反射炉の写真
江戸時代後期、従来の日本の鋳造技術では大型の洋式砲を製作することは困難であり、外国式の溶解炉が求められることとなった。当時韮山代官だった江川英龍(坦庵)の進言により手がけることとなりました。佐賀藩から技師の応援を得て坦庵の子英敏の代になり完成された

伊豆の国パノラマパーク詳細

伊豆の国パノラマパークの写真 標高452mの葛城山を、そのまま利用したレジャー施設。頂上へは山麓から山頂まで一直線に伸びるロープウェイ、1800mの距離を約7分で結びます。山頂展望台からは、市内や富士山、駿河湾を見渡す360度の大パノラマが楽しめる。山頂エリアにはアスレチック施設も整備され、家族で自然を楽しむのに最適。4月下旬~5月中旬には、3万5000本のツツジが開花し大変美しい

大仁瑞泉郷詳細

大仁瑞泉郷の写真 伊豆半島の山間に位置し、健康と癒しの里大仁瑞泉郷は、初春の梅、桜から始まり、一年を通して各種の花が咲き誇り、訪れる人々に癒しを与えてくれます。自然農法の見学や大仁牧場での搾乳体験、動物ふれあい体験をはじめ、ネイチャーゲーム、古民家学習体験、そば打ち体験、自然散策など、気軽楽しめる。例年4月の末に花まつり「特別開催日」が開催される

江川邸詳細

江川邸の写真 江川家は42代900年続く大和源氏の末裔で、江戸時代には旗本として11代273年間、天領伊豆の代官を務めました。特に36代江川太郎左衛門(坦庵)は名代官として知られ、海防の必要性から沿岸測量、韮山反射炉やお台場の建設、わが国最初の様式帆船建造や種痘の実施、パン製造など多大な業績を残す。代官として活躍した江川氏の屋敷は現存する邸宅建築としては日本最古。瓦屋根ののった黒塗りの板塀が武家屋敷らしく、主屋は単層入母屋造りの壮大な建物で、「小屋組づくり」と呼ばれる。幾何学的な屋根裏の木組みは、地震力をなるべく受けない(免れる)免震構造になっています

韮山反射炉詳細

韮山反射炉の写真 江戸時代後期になると日本近海に外国船の出没が増え、海防の必要性が問われるようになった。外国船に対抗するには精度が高く飛距離の長い洋式砲が必要とされたが、従来の日本の鋳造技術では大型の洋式砲を製作することは困難であり、外国式の溶解炉が求められることとなった。当時韮山代官だった江川英龍(坦庵)の進言により手がけることとなりましたが英龍は反射炉の竣工を見ることなく病死してしまいました。後を継いだその子英敏が当時反射炉の建造も行っていた佐賀藩に応援を求め、技師の派遣を要請しました。佐賀藩は英敏の要請に応え11名を派遣し、3年半かかり完成させ、ここで数多くの鉄製砲が鋳造されました。これらの砲は台場の備砲で使用したと考えられる

願成就院詳細

願成就院の写真 願成就院(がんじょうじゅいん)は、静岡県伊豆の国市にある、高野山真言宗の寺院。山号は天守君山。境内は国の史跡に指定されている。仏師運慶の数少ない真作の一つである阿弥陀如来坐像、動明王ニ童子像、毘沙門天像などの仏像が安置されている。『吾妻鏡』によると北条政子の父親で鎌倉幕府初代執権であった北条時政が、娘婿の源頼朝の奥州平泉討伐の戦勝祈願のため建立したという。しかし運慶作の諸仏はその3年前から造り始められており、奥州征伐の戦勝祈願のためというよりは、北条氏の氏寺として創建されたものと考えられる