山中城跡の写真
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山中城跡

山中城跡の障子堀写真

山中城は戦国時代末期の永禄年間(1558~69)に、小田原に本拠をおいた北条氏康が国境防備のため箱根山に築いた城砦です。天正17年(1589)北条氏政は、豊臣秀吉の来功に備えて急遽整備、増築を行いましたが未完成のまま、徳川家康を主将とする豊臣勢七万は松田康長・間宮康俊以下北条軍四千の兵が篭る城におしよせ、豊臣勢の前に、必死の防戦もかいなく、わずか半日で、落城したと伝えられている。 条氏康が修造した、「障子堀」、「畝堀」などは後北条家の城の特徴的な堀の形が保存され中世の山城として歴史的、文化的価値の高いものです。昭和9年(1934年)国の史跡に指定され。現在はツツジや紫陽花の美しい史跡公園として整備され、三島市が管理している。



山中城跡の基本情報

基本項目 データ
住所 〒411-0011
静岡県三島市山中新田410-4
電話番号 055-985-2970(山中城跡売店)
開園時間 散策自由
入場料 無料
休園日 年中無休
  •  山城
  • 城跡は箱根火山の外裾の一峰の標高580mのと
  • ころに拠り、本丸・二の丸・三の丸をはじめ
  • 大小の出丸を石を使わず、土だけの空堀で仕
  • 切った山城で、全国的にも非常に珍しいもの
  • です。 堀や土塁がよく残っており、箱根山
  • の自然の地形を巧みに取り入れた山城の作り
  • 方など歴史的、文化的価値の高いものです。

岱崎出丸と畝堀

楽寿館・小浜池の写真

山中城の出丸は、通称「岱崎出丸」と呼ばれ、標高547~557m、面積2万400㎡におよぶ広大な曲輪であり、天正17年(1858)、秀吉の小田原征伐に備え、北条氏政により急ぎ増築された曲輪です。ここは古くから御馬場跡と伝承され、土塁で東側と北側を守り、西側は深い空堀につづき、南側は急峻な谷で囲まれ、最大の曲輪であった。曲輪内は、本丸と同様式の二段構築で作られている。出丸御馬場堀は堀内に畝が見つかったことから、西の丸堀同様、畝堀であったと考えられる。畝の高さは、堀底から約2m、頂部の幅0.6m、馬の背のように丸みを帯び、堀をさえぎるように堀の方向に直角に造り出し、ローム層を台形に掘り出して造られたものである。



山中城跡基本情報

基本項目 情報
駐車場 あり(無料)
・東名高速道路沼津ICから箱根方面(約25分位)
交通期間 ・JR東海道線 東京-(新幹線55分)-三島駅(沼津登山東海バス 元箱根港行き)-山中城跡バス停(30分)
お問合せ 055-971-5000(三島市観光協会)

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Introduces 山中城跡 in the photograph.

詳細地図


 
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