正眼寺山門と石仏
当サイトの表示料金は、消費増税や施設・店舗による改定前の料金や営業時間,休業日などが表示されている場合がありますので、ご注意ください。最新の料金につきましては、施設・店舗へお問い合わせください。

正眼寺

正眼寺本堂の写真

正眼寺は、鎌倉時代箱根山に広まっていた地蔵信仰の中で生まれた寺です。創建年代は定かではありませんが、この寺の前身である湯本地蔵堂の別当寺として鎌倉前期には存在し、その頃は勝源寺と呼ばれていました。戦国時代には一時衰微しましたが、江戸時代に、江戸屈指の材木問屋冬木屋の援助により諸堂を再建され、再興開基には早雲寺一七世菊径宗存を招請し、この時より当寺は臨済宗大徳寺派に属す禅寺となり、今日に至っています。


正眼寺基本情報

基本項目 データ
住  所 〒250-0311
神奈川県足柄下郡箱根町湯本405
問合せ先 0460-85-5638
駐車場 少ないがあり(無料)5台位
拝観料 無し
創建年代 鎌倉中期
  •  ワンポイント
  • 我祐成と曾我時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った事件。経緯は所領争いのことで、工藤祐経は叔父・伊東祐親に恨みを抱いていた。安元2年(1176年)10月、祐経は郎党の大見小藤太と八幡三郎に狩に出た祐親を待ち伏せさせた。はなった矢は祐親の嫡男・河津祐泰に当たり、祐泰は死んでしまう。この仇討は日本三大仇討ちの一つである。

正眼寺曽我堂

正眼寺庭園

1193年五月28日富士裾野で父の仇工藤祐経を討ち本懐を遂げた曽我五郎十郎の菩提供養のため、兄弟の親類縁者によって兄弟が仇討成就を願って祈念参籠したといわれ、湯本地蔵堂の近くに曽我堂が建立されました。その創建年代は明らかでありませんが江戸時代初期に修復された記録がありますので、それ以前に遡ることは確かです。江戸時代東海道箱根八里の沿道にあったこの堂の地蔵菩薩像は曽我歌舞伎の流行とともに曽我兄弟の化粧地蔵と呼ばれ、街道を行く旅人の信仰をあつめました。     


正眼寺の情報

基本項目 情報
アクセス 湯本駅からバスで5~6分 曽我堂上下車。
湯本駅から徒歩で10分位(0.6km)
塔ノ沢駅出口から徒歩約16分
時間 8:00~16:00
休業 無休
宗派 臨済宗大徳寺派
  • 動画リンクボタン

Introduces Soun temple in the photograph.

詳細地図


ホテル・旅館の予約